Saturday, August 1, 2015

妊娠中絶と米国政治と生殖の健康に関する権利

先月、Center for Medical Progress (CMP)という妊娠中絶に反対する政治組織が、Planned Parenthood (PP) という女性の生殖に関する健康 (reproductive health) 関連サービスを提供する団体を攻撃するビデオを数本公開した。CMPは、これらのビデオが、PP関係者が中絶された胎児の体内組織を売買している証拠であると主張しているが、PPが違法行為に関与していることを認めている発言は捉えられていない。一般人にとって、中絶プロセスの具体的な説明は、多くの手術や医療行為同様、悍ましくさえ聞こえるものであるが、米国連邦法上、中絶後の胎児の体内組織を研究目的に寄付した団体が、適宜な経費分を回復することは違法ではない

だが、これらのビデオは、PPを特に敵対視する中絶反対派に、PPを攻撃する格好の機会をもたらした。この結果、共和党・保守派議員の多くが、連邦政府によるPPへの資金提供を取り消そうとしている。

アメリカ政治において、妊娠中絶に関する政策ほど激しい意見の対立が見られる話題は数少ない。妊娠中絶の合法性を支持する人々は、女性がいつ、どのように妊娠するかを自由に選べる権利の一環として安全で合法的な中絶へのアクセスを望んでいることから、"pro-choice"と呼ばれている。これに対し、妊娠中絶反対派は、受精の瞬間から受精卵・胎児は全ての権利を有する人間であると考え、妊娠中絶は殺人であると見方をしていることから、"pro-life"と名乗っている。




この"pro-life"という名称は、やや欺瞞的なものである。いわゆるpro-liferたちは、極めて限定的な「命」及び「人命」の定義を用いており、妊娠を続けることによる母親への健康被害及び精神的影響、産後の子供たちの経済的な支援や教育へのアクセス等については全く言及せず、結果はどうであれ、ただ全ての中絶を防止することのみを目的としている。また、一部の過激派は、妊娠中絶を提供するクリニックや医者に対する暴力行為を擁護しており、2009年には「胎児の正当防衛」を主張した男が、中絶を提供するティラー医師を教会の前で射殺。他にも、一部の極右・キリスト教信者らによる中絶クリニックの爆破や放火、中絶を提供する医師やクリニック職員の暗殺や彼らに対する暴力行為は決して珍しいことではない。

また、pro-life運動支持者は、中絶クリニックの前で頻繁に抗議活動を行うが、この際、中絶後の胎児の写真を載せた大きな看板を掲げたり、中絶やクリニックが提供するその他の医療サービスを受けにきた女性を説教したり、彼女たちに罵声を浴びせかけたりする。また、pro-liferたちは、妊娠や中絶の意味さえ分からない幼い子供たちを「教育」の名の下にこれらの抗議活動に連れ出し、クリニックを訪れる女性たちが「悪者」であることを脳裏に植え付けたり、自身の子供を攻撃の「道具」として利用したりする。時には、子供たちにお菓子やエナジー・バーを持たせ、中絶を受けに来た女性に手渡させたりするが、これは、女性が食べ物を口にすることにより、その日に中絶できなくなるようにする手口である。

このように、pro-liferたちは、手段を選ばない。そして、今回は、一般人を気持ち悪がらせることにより、女性の生殖の健康に欠かせない医療サービスを提供する組織を破壊しようとしているのだ。全米各地に支部を持つPPは、中絶サービスも行っているが、中絶は提供サービスのわずか3%にあたり、サービス人口の10%程度のみが中絶を受ける。PPは、性教育、避妊、妊婦の健康のためのサービス、乳がんや子宮頸管がん等、女性の生殖に関する健康を向上させたり、より効果的な避妊を可能とすることにより、むしろ中絶を必要とする女性の人数の減少に貢献する団体である。にも関わらず、pro-liferたちは、これらのサービスのみに回される連邦政府の資金提供を取り消そうとしている。連邦政府からの資金は、連邦法上、基本的に中絶には使用できないことになっているため、これらの資金を取り消すことは、単に他のサービスへの資金提供が打ち切られる結果にしかつながらない。

更に、PPのクリニックの半数は、医療サービスへのアクセスが乏しい人口が多い地域や人口が絶対的に少ない田舎にあり、これらの地方に住む女性のほとんどが、生殖に関する健康に欠かせないサービスを受けるにあたり、PPを頼りにしている。つまり、PPの資金打ち切りは、(特にマイノリティーの比率が高い)貧困層の女性が、生殖に関する医療サービスを受けられなくということなのである。実際、2013年にインディアナ州スコット郡のPPが運営するクリニックが閉鎖した際、他にHIV検査のサービスを提供する施設がなかったため、同郡を中心にHIV感染者が急増した例も見られる。

このようなPPに対する攻撃は、pro-liferたちがただ命を大切にする事を目的とする訳でなく、女性の健康を犠牲にしてでも、女性に性に関する特定の倫理的価値観を押しつけようとしているだけだということを示している。PPは、女性がより健康的に妊娠したり、より子育てをしやすいタイミングに妊娠できるようにしたりする組織である。同様のサービスをアクセスが乏しい人口に提供できる他の組織を指定しようともせずに、PPへの資金源への攻撃することは、貧しい女性の健康や健全な家庭及び社会に対する攻撃に等しいと言えるのではないだろうか。